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エプソン
|略称 = エプソン
|国籍 =
|郵便番号 =
|本社所在地 = 長野県諏訪市大和3-3-5
|電話番号 =
|設立 = 1959年9月16日
|業種 = 3650
|統一金融機関コード =
|SWIFTコード =
|事業内容 = 情報関連機器、精密機器、電子部品
|代表者 = 代表取締役社長 花岡清二
|資本金 = 532億400万円(2007年3月31日現在)
|売上高 = 単体8,371億円
連結1兆4,160億円(2007年3月期)
|従業員数 =
|決算期 = 毎年3月31日
|主要株主 = 青山企業株式会社 10.34%
7.44%
三光起業株式会社 7.27%
服部靖夫 3.63%
服部禮次郎 3.59%
第一生命保険|第一生命保険相互会社 3.17%
セイコー|セイコーホールディングス株式会社 3.12%
|主要子会社 = エプソンイメージングデバイス株式会社 100%
エプソントヨコム株式会社 67.9%
エプソン販売株式会社 100%
オリエント時計株式会社 54.8%
|関係する人物 =
|外部リンク = http://www.epson.jp/
|特記事項 = 大株主の青山企業と三光起業は、服部家(服部金太郎の子孫一族)の資産管理会社である。服部家は、セイコーグループのセイコー|セイコーホールディングス株式会社およびセイコーインスツル|セイコーインスツル株式会社の大株主でもある。
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セイコーエプソン株式会社(''Seiko Epson Corporation'')は、長野県諏訪市に本社を置く情報関連機器や精密機器の製造者である。手掛ける製品は幅広く、水晶振動子(クォーツ)などの単体部品から、液晶|液晶デバイスなどの半製品、各種のプリンターやプロジェクター、パーソナルコンピュータといった最終製品までを自社名で世に送り出している。また、セイコー|セイコーホールディングス株式会社、セイコーインスツル株式会社とともに「セイコーグループ中核3社」を構成しておりSEIKOブランドの時計|腕時計の開発・生産も行っている。株式は2003年6月に東京証券取引所市場第一部への上場を果たした。証券コード6724。
概説
セイコーグループのひとつであるが、昔からセイコー|セイコーホールディングス株式会社(旧服部時計店)との直接の資本関係は極めて薄い。しかし、セイコーの創業家の服部家が源流となった企業で、今も服部家(個人および一族の資産管理会社)が大株主で、役員を派遣している。今も創業事業であるセイコーブランドの時計の製造・開発を手がけており、事実上のセイコーのグループ企業といえるアニュアルレポート2007(PDF版,4.85MB)の「大株主との関係について」(53ページ)および「大株主の状況」(86ページ)を参照。そのため、今もセイコーインスツル株式会社と並んで「セイコーグループ中核3社」のひとつとして位置づけられている。ただ、1980年代以降のプリンタやパソコン事業の急成長により、源流企業のセイコーの数倍の事業収益を出しており、セイコーから完全に独立する動きを見せている。小型の液晶ディスプレイの分野では国内でも有数のメーカーであり、今日では携帯電話やデジタルカメラの製造各社などへの供給を行っている。液晶ディスプレイ(液晶ライトバルブ)を使ったプロジェクターやリアプロジェクションテレビも生産しており、プロジェクターにおいては世界でトップクラスのシェアで、小型プロジェクターの普及に重要な役割を果たした。また、主力事業であるプリンターの分野では、キヤノンと日本市場の覇権を争っている。世界では米ヒューレット・パッカード(HP)社とも争っている。キヤノン、HPと同じく、プリンター本体を安価で供給し、インクカートリッジなど消耗品の販売で利益を得るビジネスモデル(消耗品ビジネス、)に大きく依存している。2005年度に経常赤字となった現在、発表された高温多結晶シリコン(高温ポリSi)事業の拠点整理の他、日本国内に2つの製造拠点がある半導体事業などの先行きは不明である。過去に日本テキサス・インスツルメンツ|TI鳩ヶ谷工場(半導体)を購入したものの、廃止したこともある。またIBMとの合弁を解消した野洲セミコンダクタも、オムロンに売却されることになった。
拠点の多くは長野県内に点在するが、酒田、千歳、鳥取(EID)、岐阜(EID)にも工場があり、 松本空港|信州まつもと空港と庄内空港(酒田)、鳥取空港間に従業員の出張用に社有機が就航している。「お客様を大切に、地球を友に、個性を尊重し、総合力を発揮して、世界の人々に信頼され、社会とともに発展する会社でありたい。そして社員が自信を持ち、常に創造し挑戦していることを誇りにしたい。」との経営理念セイコーエプソン株式会社経営理念のもと、 企業行動原則、品質理念、環境理念、社会貢献理念を定め、企業活動を行っている。顧客に喜ばれる良い商品とサービスを創り続けるという目標をめざしている。子会社にエプソン販売(法人向け営業)オリエント時計(主に腕時計を中心に製造)や孫子会社エプソンダイレクト(パソコン|PC周辺機器の販売)などがある。
歴史
* 1942年に諏訪市の時計商・山崎久夫により大和工業が創業するhttp://www.kkyamazaki.co.jp/company/history.htmlhttp://www.ebookbank.jp/murauchi/ep/item/1-19997/。服部時計店(現在のセイコーホールディングス)の開発生産部門であった精工舎|第二精工舎(現在のセイコーインスツル)の出資により、同社の協力工場(セイコー腕時計の部品製造、組み立て工場)としての出発であった。
* 1943年に戦中の工場疎開により第二精工舎が諏訪市に工場を開設する。
* 1959年、大和工業を母体として、第二精工舎の諏訪工場が独立し諏訪精工舎となる。
* セイコーグループが東京オリンピックのオフィシャルタイマーになったのをきっかけに、子会社の信州精器(後のエプソン)がプリンタの開発を始める。予ねてから生産していた腕時計の機械|メカニズムに関する技術を応用して、1968年に電子機器用の小型の電子プリンターを開発し、この電子プリンター(Electronic Printer) から発展した製品群、即ち子供(son)達が成長するようにとの願いを込め1975年に「EPSON」のブランドが制定された。
* 機械式腕時計のクォーツ化のために、比較的早くからICの研究開発を行なっている。またデジタル腕時計のために液晶も早くから研究開発を行なっている。
* 1969年に世界初のクォーツ腕時計(アストロン35SQマイルストンプロダクツ セイコー クオーツアストロン 35SQ)を開発。腕時計の高精度化、低価格化をすすめた。セイコーの大衆・若年層向けブランドALBAは、諏訪精工舎の関連会社である塩尻工業(後にセイコーエプソンに合併吸収)などが開発製造してきたものである。現在も、低価格のデジタルクォーツ腕時計から新ムーブメントスプリングドライブ搭載の高級腕時計グランドセイコー、クレドールまで、セイコー向け腕時計の生産を行っている。しかしながら、1970〜80年代以降、低価格で高性能なクォーツ腕時計が大衆に普及したことから、低中価格帯の腕時計市場は、時計メーカー・販売各社にとって営業利益率・市場成長率の低いものとなっている。今日、エプソンの時計事業はプリンター事業の数分の一の規模にすぎない。
* 1982年に発売されたポータブルタイプのコンピュータHC-20のヒットにより、その後HC-40、HC-88などの後継機種が発売された(海外ではHXのシリーズ名)。デスクトップタイプとしてはCP/Mが利用できるQC-10が1983年に発売され、その後8088を搭載して16ビットに強化されMS-DOSが動作するQC-11が発売された(海外ではHXシリーズ)。
HC-88およびQC-10は、日本語入力の方法として豊橋技術科学大学で開発されたTUT-Code方式をタッチ16という名前で採用していた。
* 1985年に米国で発売されたIBM PC互換機Equityシリーズの成功により製造技術、および営業戦略としての互換機路線の双方で自信を深めた。これが1987年からの日本電気 (NEC) PC-9800シリーズ|PC-9800互換のパーソナルコンピュータのEPSON PCシリーズの発売につながってゆく。その後、PC-9800シリーズの市場が縮小したことから、1995年頃にはPC-9800シリーズ互換コンピュータの生産からは撤退したが、パーソナルコンピュータそのものの製造は続けており、PC/AT互換機を市場に供給している。1993年には、子会社のエプソンダイレクトを設立し直販を開始、現在では購入者が注文時に比較的自由に仕様を選択できるBTO (Build-To-Order) による生産体制を確立しているが、シェアの面で縮小傾向にある。
企業略歴
* 1942年5月 - 有限会社大和工業として設立。株式会社第二精工舎(現在のセイコーインスツル株式会社)の関連会社・工場として操業開始エプソンの歴史(PDF,291KB) アニュアルレポート2004。
* 1959年5月 - 有限会社大和工業を母体として株式会社第二精工舎の諏訪工場が独立、社名を株式会社諏訪精工舎に改める。
* 1961年12月 - 子会社として信州精器株式会社を設立する。
* 1982年 - 信州精器株式会社がエプソン株式会社と改称する。
* 1985年1月 - 庄内電子工業株式会社(現 東北エプソン株式会社)設立。
* 1985年11月 - 株式会社諏訪精工舎がエプソン株式会社と合併し、社名をセイコーエプソン株式会社に改める。
* 1986年 - 関連会社のサンリツ工業株式会社を営業譲渡により吸収。
* 1989年4月 - 学校法人エスイー学園エプソン情報科学専門学校を開学。
* 1990年9月 - 関連会社の塩尻工業株式会社(腕時計製造)、島内精器株式会社(腕時計製造)、松島工業株式会社(水晶デバイス製造)を合併吸収する。
* 1998年 - 岡谷プレシジョン株式会社を合併吸収。
* 2000年7月 - 日本TIの鳩ヶ谷工場を買収し、液晶ドライバICの製造会社エプソン鳩ヶ谷を設立する。
* 2001年 - オリエント時計株式会社を子会社化する。
* 2003年6月 - 株式が東京証券取引所第一部に上場する。
* 2004年10月 - 三洋電機株式会社と液晶ディスプレイ事業を統合し、三洋エプソンイメージングデバイス株式会社を設立。株式の55%を保有し、連結子会社とする。
* 2005年10月 - 水晶デバイス事業を会社分割して、東洋通信機株式会社と統合。東洋通信機株式会社がエプソントヨコム株式会社と商号変更し、セイコーエプソンが株式の68.25%を保有する特定子会社となる。
* 2006年6月 - ロジック半導体製造の野洲セミコンダクター株式会社(IBMとの合弁)のIBM持分を取得して完全子会社化する。
* 2006年11月 - ソフトウェア開発会社のエー・アイ・ソフト株式会社をエプソン販売株式会社に合併吸収。
* 2006年12月 - 三洋エプソンイメージングデバイス株式会社の三洋電機持分を取得して完全子会社化し、エプソンイメージングデバイス株式会社と改称する。

